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福岡市の整体は整体院恵~【人は考える葦である】哲学者:ブレーズ・パスカル~

2018/09/16

福岡市の整体は整体院恵~【人は考える葦である】哲学者:ブレーズ・パスカル~

 

ブログをご覧いただきありがとうございます。

 

 

福岡市西区で唯一の慢性腰痛専門整体院恵

の吉山です。

 

 

突然ですが、皆さんこの言葉をご存知ですか?

 

 

「人間は考える葦である」

 

 

最近ふとこのフレーズが頭の中に浮かびました。

 

 

「葦」アシ・ヨシ

→ イネ科の植物。

 

 

 

「葦」は自然界の中では弱く、少しの風が吹くとしなり、お辞儀のように曲がるが、風が去るとまた元のように立ち上がります。

 

人を「葦」に例えたのは、自然や運命・社会の暴威に対し無力であるが、それに順応しながら社会の暴威をくぐり抜けて、自らの姿で立ち上がる。

 

「葦=人間」は、運命にも社会の暴威にも屈しない。「考えることができる能力」を持っていることで、無自覚に抗う風に身を任せ、遙かに賢明で優れた存在である。

 

「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で運命に抵抗し、不屈の意志で思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」

 

 

 

 ブレーズ・パスカルについてですが、40歳に満たないで亡くなっています。彼は、少年の頃から神童と言われていましたが、病弱で一生病気や身体の苦痛と戦いながら、思索と実験、研究を繰り返し晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意しました。自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ世を去りました。パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと「戦う」というより、それを「受けて耐え」病の苦しみの中で思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを乗り越えた生涯を過ごした人だといわれています。

 

下記の文は原文の訳です。

 

【人間は一本の葦にすぎない。自然の中でもっとも弱いものである。だが、それは考える葦である。これを押しつぶすには、全宇宙が武装する必要はない。一吹きの蒸気、一滴の水だけで、殺すには十分である。だが、たとえ宇宙が押しつぶそうと、人間は彼を殺すものよりも尊いだろう。なぜなら人間は自分が死ぬこと、宇宙が自分よりもまさっていることを知っているからである。宇宙は何も知らない。 だから、われわれの尊厳のすべては考えることにある。われわれが立ち上がらねばならないのはまさにそこからであって、われわれが満たすことのできない時間や空間からではない。だから、よく考えるようにつとめようではないか。そこに道徳の原理がある。】

 

興味がある方は「パンセ」で調べてみてください。

 

 

「考える」=「脳」

 

なのでしょうか?

 

いろいろなことを考えると時間なんて限られてきますね。

 

 

 

【身体(健康)=時間=お金】

私は最近この関係性のことを考えています。

どれかが欠けると不自由が生じるのか?

幸せじゃなくなるのか?

 

んーーーーー、

 

頭がパンクしそうです。

 

私は小さいころから

「人は何で生きているのか」

を考えていたので、哲学は好きなんですよね。

 

矛盾していますが、人は好きですけど、嫌いです。

 

この真意が分かりますか?

 

 

人間って面白いですよね。

 

 

 

話が右往左往しましたが、

今回は自由に書きたいことを書きました。

 

 

 

 

最後までご覧いただきありがとうございました。